命と愛の実感
うさこさんには、わしが体調わろすなのがわかるようで、

それにしても、言葉も交わさずに相手の状態がわかるというのは、さすが動物。生体エネルギーでも感じてるのやろうか。「アムロ、脳波レベル オチテル」そんなロボットがいたような(笑
うさぎに限らず、意思疎通が可能な動物は、人間のことを実によく観察しており、また、飼い主が注いだ以上の愛情をもって接してくれます。あれは何なんやろう、野生の本能なんやろうか
とかく動物達は、生きることに貪欲です。野生動物の場合、1日の大半を食べ物を探すことに費やし、広大なエリアを移動し、少々の環境変化なら柔軟に適応してしまいます
彼らにとっては、生きることに貪欲でない=死ですので、それこそ必死になるわけですな。あ、だからこそ、仲間の生体エネルギーがどうたらゆうのんが分かるのかもしれませんね
一方、人間はといえば、昔はそういった貪欲さが多く見られたものの、昨今はそうでもなくなってきてるように思います。なんというかね、貪欲でないけど生きてる、そんな感じのヒト、結構いますよね
画家の木下晋氏によると、
■MSN産經ニュース:【母親学】画家 木下晋(3)「愛」感じる感性が衰えてしまった
>>人間はどんな状況になっても生きていかねばならない。現代社会の子供たちは「生き抜く力(生命力)」が足りないように見える。母親もまた、それを教えられない。のやそうです
さらに氏は、「人間として最も基本的な「愛」を感じる感性までが衰えてしまった気がする。」としています
うぅむ、考えさせられるなぁ。つまるところ、生きることへの貪欲さは、他者を愛すること、自分に向けられた愛を感じることに通ずる、そういうことなんでしょうか
そうやとすると、うさこさんの行動はよく理解できます。また、逆説的には、近頃よくある児童虐待や殺人、子の親殺しなども、そういうことなのかと頷けます
現代の日本は人間関係が希薄になっている、といわれます。が、いやいや、それ以前に、貪欲にならんでもそこそこ生きていけるという状況が、妙なエゴや甘えを生み、生命に対する畏怖や謙虚さ、愛情を薄めていってるのやなかろうか。そんな気がしますよ
自分の周りは愛で満ちている…とまでは言いませんが、誰しも日々、いろんな方々のささやかな愛に支えられて生きております。お互いがそうです。生きてるんだよ、命なんだよ
その実感がなくなってきてるのやとしたら、これは悲しくもあり、恐ろしいことでもあります。もう人間じゃなく、ヒトのカタチをした何か、になるんかね。イヤやなぁ
やっぱりアレですかね、かわいい子には旅をさせよ、若いうちの苦労はかってでもせよ、ですか。苦労して試練を乗り越えてこそ「命」を実感できるもんね。昔の人々はよくわかっていらっしゃるわ〜
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